わたせせいぞうの経歴&16年間も会社員を続けた理由は何? |

わたせせいぞうの経歴&16年間も会社員を続けた理由は何?

      2018/10/15

この記事ではわたせせいぞうさんの経歴を紹介します。

わたせせいぞうさんと言えば、80年代を象徴するイラストを数多く手がけている作家さんですよね。

すでに70歳を超えていますが、現在も精力的に活動中です。

わたせせいぞうさんは面白い経歴をお持ちで16年間もの間、サラリーマンをしていました。

個人的には意外だなと思ったので、専業漫画家になるまでの経歴を簡単にまとめてみました。16年間も会社員を続けた理由は意外にも著名人からのアドバイスだったようです。

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わたせせいぞうが専業漫画家になるまでの経歴について

わたせせいぞうさんが専業漫画家になるまでの経歴を紹介していきます。

わたせせいぞうさん(本名:渡瀬政造)は神戸市出身で1945年生まれです。

早稲田大学卒業後の1967年、当時の同和火災海上株式会社に入社しました。そのうち最後の5年間は漫画家とサラリーマンを兼業していました。

たまにサラリーマン経験がある有名漫画家もいますが、16年間もの経歴があるのはこの方ぐらいではないでしょうか。。(他にもいるかもしれないけど)

仕事は営業職だったそうです。

やはり営業ですから会社外の人との付き合いも多く、平日はカラオケに駆り出されることもあったらしい。そういった形で平日は仕事+接待に追われる日々でしたが、休日に絵を描くという意欲が逆に湧いてきたそうです。

イラストレイターとして社内でも認知されていたらしく、広報用のイラストも描いていたそうです。しかし当時の上司から営業成績が悪くなれば降ろすといった旨を告げられて、恐怖していたそうです。

当時の同僚とは今でも付き合いがあるみたいですが、なかなか大変な会社員生活だったと思います^^;

1983年の代表作「ハートカクテル」の連載が始まったときはまだ会社員でしたが、1985年に会社から企画職への異動を命じられた事を機に退職を決意します。

1967年から1985年に専業漫画家になるまでに16年間かかっているわけですが、その理由は何だったのでしょうか?

16年間も会社員を続けた理由は直木賞作家からのアドバイスにあり?

16年に及んだ会社員生活を続けたのは直木賞作家からのアドバイスが理由の一つとして挙げられます。

26歳の時に直木賞作家の永井路子(ながい みちこ)さんから、漫画の収入が給料の6倍になったら会社を辞めるようアドバイスされたようです。

保険家さんの年収は詳しくないですが、残業も多いだろうし年収は高いはず。仮に年収を700万円だとすると、6倍の収入は700万円×6倍=2400万円となります。

どう考えても会社員との兼業でクリアできるレベルではないですね。その忠告を真に受けてしまい、専業になるのが遅れたのかもしれません。

さらに専業になったもう一つの理由が、年を取ったときに会社員をこのまま続けていて満足できないだろうと考えたそうです。

1985年、専業漫画家になるときにはすでに奥さんと二人の子供がいましたが、やはり好きな事をやろう!とマインドを切り替えていったとか。

ちなみに結婚はいつの間にかしていた...といったレベルだったようです。

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会社員生活から大切にしているのは人に好かれる事

わたせせいぞうさんの会社員生活は決して順風満帆ではなく、上司からも半ば脅されながらイラストを描いていた過去があります。

そんな会社員生活から今でも大切にしている事があります。

それは人に好かれる事だそうです。

スタッフや編集者とのやり取りには気を配りつつも、毎年目標を立てて仕事に励んでいるみたいです。一度サラリーマンを経験している作家さんはこうした調整力に長けているのかもしれませんね。

以上、わたせせいぞうさんの経歴の概要でした。

 - 漫画家